「いいモノを買った」と「いいお買い物をした」の違いを考えてみませんか?

こんにちは、タニグチレイです。

先日、あるお客様との会話でこんなことを言われました。

 

「良いものを買ったと思うことができない。」

 

ざっくり説明すると
「それなりの価格の割には期待していた満足感を得ることができなかった。」
というものでした。

詳しい内容はここでは省きますが仰る気持ちはよくわかりました。

店頭で販売をしているとダイレクトにお客様の気持ちや感情を知ることができます。
様々な内容のことを直接言われますよね。
ただやはり満足できなかったと思われると申し訳ない気持ちになります。

 

「いいモノを買った」
似たようで違う
「いい買い物をした」

 

この違いはなんだと思いますか?

 

「いいモノを買った」は自分の中の価値観による

この場合はモノに対しての思い入れと期待値がまずは強いと思います。
お客様ご自身の中で価値を感じたから買った。

 

その価値は様々だと思います。

 

なかには所有することで優越感を感じる方もいるかもしれません。
着ていく、使うことでモチベーションが上がる方もいるかもしれません。
今まで使っていた似たようなものがもう使えないと思うくらい虜になる方もいるかもしれません。

そしてもし破損したら直してでも使いたいと思うくらいには愛着が湧いていたり替えが効かないものかもしれません。
友人や家族にもすすめたくなるかもしれませんね。

 

ただこれは買った時にそう感じるのか?
たぶんちょっと変化していくものだと思います。

 

買った時ではなく使用後に満足感を感じるかどうか?
もしくは買った時の期待値を超えていくかどうか?

 

もちろん手に入れたことで所有欲を満たすこともあるでしょうから全てとは言いません。
それでもやはりその後にじっくりと感じていくのではないでしょうか?

もしかしたら人から評価されたり褒められた時に感じることもあるかもしれませんね。

 

お金を払って得る対価は自己投資(=いいモノ)

 

お客様がそれぞれ自分一人で感じることができる。
そして価値観が変わらなければ似たような体験もできる。

有意義なお金の使い方だと感じることで満足感も高まる。

 

信頼感、所有欲、見て欲しい、自発的、モノ好き、機能性、トレンド、モノ造りの良さ、モノに対して、モノのファンになる

 

このあたりのキーワードが当てはまるように思います。

 

「いいお買い物をした」は誰かと時間の共有が含まれる

では、「いい買い物」とはどういう買い物でしょうか?

例えば
目的を持ってお店に行ったら思いがけず新しい発見をした。
たまたまお店に見に行ったら思ったより安く買えた。
なんの具体案も思い浮かんでなかったのに悩みが解決できた。

一人でお買い物に行った行動の結果感じることはあると思います。

 

でもその場合一人でお店に見に行き自分で決めて帰ってきて「いい買い物」だったとなるでしょうか?
その場で販売員がきちんと良さを伝えてくれて安心できたから「いい買い物」ができたとなるのではないでしょうか?

または友人や家族と出かけていて自分一人では出会えなかったモノに出会えたから「いい買い物」ができたなんてこともあるでしょう。

 

友人や家族、販売員といっしょに思いも寄らずいいモノが見つかった。
お買い物をするという行動の時間を使っても満足できた。

 

お金を払って得る対価は有意義な時間の共有(=いい買い物)

 

もしかしたら自分一人では感じることができなかったこと。
誰かと一緒に時間と楽しさ、満足感を共有する。

感情として残るが似たような体験はできないかもしれない。
それは共有する相手が変われば感じ方も変わるでしょうから。

有意義な時間だったと感じることで満足感も高まる。

 

お得感、知らなかった、新しい発見、受動的、ストーリー、人に話したくなる、思い出、行動に対して、人のファンになる

 

このあたりのキーワードが当てはまるように思います。

 

「どちらか」ではなく「どっちも」

それぞれに満足感はあるはずです。
でも、販売員だったらお客様に「どっちも」感じてもらいたいですよね。

 

だってそれができる仕事なんですから。

 

お客様はひとりひとり違います。
日々「どっちも」を増やしていきたいですね。

Leave a Reply